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松江地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決

島根県益田市〈以下省略〉

原告

島根県浜田市〈以下省略〉

被告

株式会社倉本組

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

津田和美

浅田憲三

島根県松江市〈以下省略〉

被告

Y1

右訴訟代理人弁護士

松原三朗

主文

一  被告株式会社倉本組は、島根県に対し、70万円及びこれに対する平成5年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社倉本組に対するその余の請求及び被告Y1に対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の5分の1と被告株式会社倉本組に生じた費用を被告株式会社倉本組の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告Y1に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第1、第3項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、島根県に対し、連帯して、390万円及びこれに対する平成5年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、島根県の住民である原告が、島根県に代位して、島根県浜田農林事務所が発注した土木工事につき、指名競争入札により落札した被告株式会社倉本組(以下「被告倉本組」という。)との間で工事請負契約を締結して工事代金を支払ったことについて、被告倉本組が右入札に際してその他の入札参加業者らとの間で不正な談合を行い、島根県に対して右工事代金額と右談合がなかった場合の工事代金額との差額相当の損失ないし損害を与えた等と主張して、被告倉本組に対し、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、右差額相当の不当利得の返還又は損害の賠償を、同事務所の当時の所長であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し、主位的に同号前段、予備的に同号後段に基づき、右差額相当の損害の賠償を、島根県に対して連帯してすることを請求した住民訴訟である。

一  争いのない事実

1  当事者

〈略〉

2  工事請負契約及び公金支出

平成5年6月7日、島根県浜田農林事務所を発注者とする平成5年度復旧治山事業ヨリアイ工事(以下「本件工事」という。)の指名競争入札(以下「本件入札」という。)が行われ、同事務所長から入札指名を受けた被告倉本組ら10業者(以下「本件業者ら」という。)が右入札に参加し、被告倉本組が1990万円で落札した。

そこで、島根県浜田農林事務所長は、被告倉本組との間で本件工事の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結し、その後、被告倉本組に対して本件工事代金を支払った(以下「本件公金支出」という。)。

3  住民監査請求

原告は、平成5年7月15日付けで、地方自治法242条に基づき、島根県監査委員に対し、本件入札に際して不正な談合が行われ、島根県に損害が生じているなどと主張して、必要な措置を講ずることを求める旨の監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)が、同監査委員は、原告に対し、平成5年8月11日付けで、原告の提出した書面には、本件工事に係る被告Y1の違法又は不当な行為を証する事実が記載されていないとの理由により、本件監査請求を却下する旨の通知をした。

二  主要な争点

1  本件監査請求に際しての「証する書面」(地方自治法242条1項)の添付の有無

2  本件入札に際しての談合の有無

3  島根県の損失ないし損害の有無及びその額

4  被告Y1の職務上の義務違反の有無等

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

〈略〉

2  争点2について

(原告の主張)

本件工事は西部生コンクリート株式会社(以下「西部生コン」という。)の会社建物と隣接する土地の山腹に砂防堰堤を構築する工事である。

ところで、被告倉本組の平成5年6月当時の代表者は、西部生コンの代表取締役を兼ねていて、被告倉本組と西部生コンとは関連会社であったところ、西部生コンは、昭和58年、同60年の大水害の際、右山腹に土砂崩れ等が起き、その所有する車両等に被害を受け、数千万円の損害を被った。そこで、西部生コンは、島根県浜田農林事務所に右山腹の治山工事を陳情したところ、本件工事が行われることになった。

被告倉本組は、本件工事が関連会社である西部生コンの会社建物と隣接する土地の山腹に砂防堰堤を構築する工事であり、被告倉本組の事務所の近くであること、西部生コンが、前記のとおり、陳情した結果、本件工事発注に至ったこと、小規模な工事であるが他の業者に横取りされれば今後の被告倉本組への受注に影響を与えかねないこと、工事現場近くにある西部生コンから生コンを購入し経費を節約することにより利益を見込めること等から本件工事の落札を希望していた。

本件業者らは、本件工事入札日である平成5年6月7日の数日前、島根県建設業協会浜田支部(以下「協会」という。)において、研究会と称する本件工事の落札予定者を決めるための会合をもった。この会合において、本件工事の受注を希望する業者が計5社あり、話し合いの結果、被告倉本組と訴外竹本事業所が最後まで残った。被告倉本組らは、たたき合い(自由競争することを俗に「たたく」と言っている。)を恐れ、被告倉本組が受注し、訴外竹本事業所に対して落札金額から7パーセントを控除した金額で下請けに出すことで話をまとめ、その結果、本件業者らは、被告倉本組を落札予定者とすることを合意した(以下「本件談合」という。)。

被告倉本組は、平成5年6月7日の本件入札直前に、他の本件業者らに対し、被告倉本組の1回目から3回目までの入札金額を書面及び口頭で伝え、予定通り、2回目の入札で被告倉本組が1990万円で落札した。

(被告倉本組の主張)

被告倉本組は、他の業者とともに協会に集合したことはあるが、本件入札に際して、不正な談合をしたことも、入札金額を他の本件業者らと話し合って決めたこともない。

被告倉本組は、本件工事の入札指名を受けた後、本件工事の仕様書を浜田合同庁舎において閲覧し、協会においてコピーした上、被告倉本組の工務部において、市販されている売掛表や資材の単価が記載された物価本等を参考にして工事費の積算を行った結果、工事原価1683万4000円に一般管理費を加えた2104万2000円が適正価格であると見積り、被告倉本組の代表者や工務部の担当者らが協議して、実際の入札に際しては2020万円で入札することとし、1回目の入札では落札できなかったため、営業部長の判断により2回目の入札において1990万円で落札したものであり、何ら違法な点はない。

3  争点3について

(原告の主張)

本件工事の予定価格は、本件入札結果から2000万円程度であり、また、最低制限価格は、右金額から一般管理費として20パーセントを控除した1600万円程度であると推認できる。そうすると、本件入札に際し、本件談合がなく自由競争がされていれば、本件工事の受注を強く希望していた被告倉本組は、右最低制限価格と推測される1600万円で入札したはずである。

したがって、本件工事代金は、本来1600万円となるべきところ、本件談合により1990万円となったといえるから、島根県は、その差額すなわち390万円の損失ないし損害を被ったというべきである。

(被告倉本組の主張)

(一) 被告倉本組は、予定価格を下廻る金額で落札し、本件契約に基づく本件工事を完成させた。島根県は、支払った工事代金に相当する結果を受けているのであり、何ら損失ないし損害を被っていない。

(二) 原告は、予定価格が2000万円、最低制限価格が1600万円である旨、自由競争であれば最低制限価格で落札されたはずである旨を主張するが、いずれも立証されていない。

4  争点4について

(原告の主張)

(一) 被告Y1は、島根県知事から受任されて本件契約締結及び本件公金支出をする権限を有する者であるから、地方自治法242条の2第1項4号前段の「当該職員」に該当する。

また、島根県は、被告Y1の職務上の義務違反により、390万円の損害を被ったのであり、同人に対して同額の損害賠償を請求することができるところ、右損害賠償請求権の行使を怠っているから、被告Y1は、同法242条の2第1項4号後段の怠る事実に係る「相手方」に該当する。

(二) 被告Y1は、原告が、平成5年6月18日、同月23日に、島根県浜田農林事務所を訪れて、本件入札に際し本件談合があった旨を証拠資料(略)を持参又は郵送して申告し、その是正を求めたのであるから、右事実関係を調査し、本件契約を取り消し、本件工事及び本件公金支出を差し止め、刑事訴訟法239条2項に定める告発等をする義務があったのに、原告に対し、「談合は一般的に行われており、このようなことを問題にしたことはない。それより仕事に専念しなさい。」等と言って、これらの義務を果たさず、故意又は重大な過失により、違法な本件公金支出を行い、そのため、島根県に390万円の損害を被らせた。

(被告Y1の主張)

被告Y1が、地方自治法242条1項4号前段の「当該職員」又は同号後段の「相手方」として島根県に対し損害賠償義務を負うためには同法243条の2第1項により当該違法行為について故意又は重大な過失があったことが必要である。

被告Y1は、原告から示された資料から、本件談合の事実を直接確認することができず、さらに、本件業者らに対して、個別的な聞き取り調査を行ったが、全業者が一様に談合の事実を否定したため、本件契約締結等を行ったり、本件契約に基づく本件工事の進行を阻止せず本件公金支出を行ったものである。

一私人が談合があった旨を申告してきたからといって、直ちに入札を無効としたり、契約締結を拒否ないし破棄したり、公共工事を中止したりすることは、徒に公共工事の推進に支障を来すのみで妥当性を欠く。

よって、被告Y1は、可能な調査を尽くしているのであるから、その職務行為に違法な点や重大な過失はない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

〈略〉

二  争点2について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 島根県浜田市の土木建設業界では、平成5年9月ころまでの間、長年にわたり、官公庁が指名競争入札により発注する公共工事の多くについて、入札指名を受けた業者らが事前に協会の事務所建物(以下「協会建物」という。)に集合して研究会と称する会合を開き、当該工事の受注を希望する業者と希望しない業者に選別し、右受注を希望する業者間で話し合いをして落札予定者を決め、他の業者らは右落札予定者が落札することに協力することを明示ないし黙示に約束し、入札期日の数日前ないし当日に、右落札予定者が他の入札参加業者に右落札予定者の1回目から3回目までの入札金額を連絡し、他の入札参加業者は右入札金額を超える金額で入札するという方法が、慣行的に行われていた。

ただし、右のような入札方法ないし談合は、全ての指名競争入札に際して行われていたものではなく、当該工事の受注を強く希望する業者間で話し合いがつかない場合などには、たたき合いになることもあった。また、訴外有限会社鎌田建設など、右のような方法に否定的な考えを示して自由競争を主張し、他の業者らから談合の困難な業者と認識されている業者もあった。

(二) 工事発注者は、指名競争入札の場合、当該工事の工事設計書を作成し請負対象設計金額を積算して予定価格を定め、また、疎漏工事防止等のため最低制限価格を定めることがあるが、最低制限価格は、本件当時は、右予定価格から20パーセント程度を控除した価格とされることが多かった。

入札指名を受けた業者らは、通常、発注者の作成した当該工事の仕様書を閲覧、謄写し、建設省の関与により作成された土木請負工事工事費積算基準などの積算資料を基に、工事費を積算していたが、積算した工事価格から右予定価格のおおよその額を推測することができ、その誤差が10パーセントを超えることはほとんどなかった。

業者が最低限価格で受注して正規の工事を行った場合、当該工事の難易や利益率等によって違いはあるものの、赤字となることが多かった。

業者は、自由競争となった場合で、かつ、赤字覚悟の上で必ず受注を希望する工事については、自社で積算した工事価格から予想される最低制限価格すなわち右工事価格から20パーセント近くを控除した金額で入札することが多かった。

(三) 本件業者らは、入札期日である平成5年6月7日の数日前、協会建物に集合し、本件工事の受注希望についての話をした際、被告倉本組、訴外竹本事業所、訴外むらたけ建設等五社が受注を希望した。被告倉本組が、受注を希望する理由として、本件工事の場所が被告倉本組の当時の代表者が代表取締役を兼ねていた西部生コンの会社建物の隣接地であることや、西部生コンが、昭和58年、同60年の大水害により被害を被ったこと等を説明すると、他の業者らは受注希望を取り下げることとした。

そこで、被告倉本組は、同社の工務部において、仕様書を基に独自に積算し、本件工事費を2104万2000円と見積もった。そして、工務部の担当者、当時の被告倉本組代表取締役B、実際に入札を行った当時の営業部長Cらは、入札価格をいくらとするかについて協議し、最終的には、1回目の金額を2020万円、2回目以降を30万円落としで入札することを決めた。

被告倉本組は、1回目の入札金額を2020万円、2回目の入札金額を1990万円として、共に最低金額で入札し、2回目の入札で落札した。他方、落札できなかった他の本件業者らは、右金額に数パーセント程度超える金額を合算した額を入札価格として入札していた。

(四) 島根県浜田農林事務所長は、本件入札当日、被告倉本組との間で本件契約を締結し、被告倉本組は本件工事を行った。なお、訴外竹本事業所は、同社が本件工事の下請けをする旨の話のもとに、前記受注希望を取り下げたものであったが、その後、本件工事の下請けの話を断った。

2  右認定事実によれば、本件業者らは、被告倉本組を落札予定者とし、被告倉本組を除く他の業者は、被告倉本組の入札金額を超える金額で入札する旨の合意(本件談合)をし、それに基づき本件入札がなされ、本件契約締結に至ったことが認められる。

この点につき、被告倉本組は、本件談合の事実はない旨を主張している。しかし、前記認定のとおり、各業者の積算価格及びそこから推測される予定価格に大差が生じることはなく、かつ、本件工事はいわゆる継続工事ではなく多くの業者が受注を希望していたことが容易に推測できるにもかかわらず、本件入札結果を見ると、1回目の入札では予定価格内で入札した業者がいなかったことのほか、1回目及び2回目の各入札とも被告倉本組が最低価格であり、わずか30万円の減額で被告倉本組が落札していることからみて、被告倉本組を含む本件業者間で入札価格について取り決めがあったことを強く推測させる。また、被告倉本組自身、本件工事に関して協会建物に集合したことを認めており、当時の営業部長Cは、ほとんどの工事で研究会と称して協会建物に集合し、当該工事が欲しいなら手を挙げ、欲しい業者間で理由を説明する等の話し合いをするということを行っていた旨を証言している。さらに、原告と訴外むらたけ建設社長との会話の録音テープ及び原告と訴外竹本事業所社長との会話の録音テープの翻訳文(略)には、本件工事について協会建物で研究会があったこと、訴外むらたけ建設や訴外竹本事業所など5社が受注を希望したこと、前記営業部長Cが本件の入札前に他の本件業者に金額を記載したメモを渡していること、工事場所が西部生コンの裏であり、かつ、西部生コンが過去に大きな被害を被っていることから、右訴外両社は受注希望を取り下げたこと、訴外竹本事業所が被告倉本組から下請けする話になったことなどが記載され、また、原告と被告倉本組の元社員との会話の録音テープの翻訳文(略)には、本件工事は訴外竹本事業所が下請けする予定だったが原告が談合を指摘したので止めたことなどが記載されているところ、これらの記載内容ないし会話内容は、具体的な点について良く一致しており、原告の誘導による部分があることを考慮しても十分信用できる反面、右翻訳文の記載内容ないし会話内容の信用性を否定すべき証拠は見当たらない。

これらを考え併せれば、本件談合があったと認めるのが相当であり、被告倉本組の前記主張は採用できない。

三  争点3について

原告は、本件談合がなければ、最低制限価格と推測される1600万円で落札されたはずであり、島根県は390万円の損失ないし損害を被った旨を主張しているので、以下検討する。

1  前記の本件入札結果に照らせば、予定価格は2020万円から1990万円の間であるということができ、また、最低制限価格は、右予定価格から20パーセント程度を控除した1616万円から1592万円程度であるのが通常であると推認できる。

2  ところで、最低制限価格付近の金額で落札されることが多かったのは、自由競争すなわち複数の業者が当該工事の受注を希望して競争となり、かつ、右業者らが赤字覚悟の上で必ず当該工事の受注を希望した場合であることは、前記認定のとおりである。本件において、被告倉本組以外にも本件工事の受注を希望していた業者があったものの、これらの業者は、前記認定の理由で、受注希望を取り下げているのであり、赤字を覚悟の上で必ず本件工事の受注を希望するような事情があったとは考え難い。また、被告倉本組が、本件工事の受注について強い意欲を有していたものの、比較的小規模な本件工事の受注を赤字を覚悟の上で必ず希望していた事情があったとまでいえる証拠は見当たらない。そうすると、本件の場合、最低制限価額付近の金額で落札される可能性は少なかったといえる。

3  他方、証拠(略)によれば、浜田農林事務所の発注する公共工事の指名競争入札では、予定価格の90パーセントから98パーセント程度の金額で落札されることがほとんどであり、その中でも95パーセントから96パーセントで落札されることが多かったと認められること、前記のとおり、浜田市の土木建設業界では長年にわたり談合がよく行われていたことを総合すると、赤字覚悟で入札する業者がある場合は格別、そうでない場合に自由競争での入札が行われ、かつ、その競争が相当激しいものであるときには、当該工事の難易や利益率等によっても差異が生じるであろうが、おおむね、予定価格の90パーセントから95パーセント程度で落札されることが多かったものということができる。

そして、本件においては、前記のとおり、予定価格は高くても2020万円未満であるところ、被告倉本組が1990万円(右予定価格の99パーセント程度)で落札しているが、右落札価格は、本件談合により、被告倉本組が予定価格内で入札した金額で落札できることが確実であるという前提のもとに形成されたものであり、本件談合がなければ、右のような価格で落札されることはなかったと考えられることに加え、当初は、被告倉本組を含む5社が本件工事の受注を希望していたところ、本件工事はいわゆる継続関連工事ではなく、これらの業者においても、多くの業者が本件工事の受注を希望するであろうことを容易に推認できる状況にあったと考えられること、被告倉本組には、前記のとおり、本件工事の受注を希望する事情があったところ、その事情は、赤字覚悟とまではいえないまでも、他の業者を説得し、かつ、訴外竹本事業所に下請けに出すことを了解するほどに本件工事の受注を強く希望するようなものであったと考えられること、訴外竹本事業所にも、被告倉本組の説得に簡単には応じないほどに本件工事の受注を強く希望する事情があったと考えられることなどを併せ考えると、本件談合がなければ相当な競争となり、高くても予定価格の95パーセント程度の金額で落札された可能性が高いといえる。

4  そうすると、本件証拠上、本件談合がなければ、最低制限価格付近で落札されたはずであるとは認め難いものの、本件談合がなければ、高くても、予定価格2020万円の95パーセント程度の金額すなわち1920万円程度で落札された蓋然性が高いというのが相当である。

したがって、島根県に、本件談合により、本件落札価格1990万円と本件談合がなかった場合の落札価格1920万円との差額相当額すなわち70万円の損失ないし損害が生じたものと認めることができるのであり、原告が、被告倉本組が本件談合により島根県に390万円の損失ないし損害を与えたとして、島根県に代位して、被告倉本組に対してした地方自治法242条の2第1項4号後段に基づく390万円の不当利得返還又は損害賠償請求は、70万円の不当利得返還又は損害賠償を求める限度で理由がある。

四  争点4について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

(一) 原告は、被告倉本組との間で金銭トラブルがあったことから、本件談合があった旨等を申告して被告倉本組に指名停止等の処分を受けさせるため、平成5年6月18日、島根県浜田農林事務所を訪れたが、被告Y1が不在であったので、同事務所の職員に対して右旨を申告した。

(二) 原告は、平成5年6月23日、再度、同事務所を訪れ、被告Y1に対し、持参した資料を示して、美川折居線の工事及び本件工事に関して談合があったので調査すべき旨、契約を破棄し工事を停止すべき旨、談合をした業者を処分すべき旨等を申告した。

被告Y1は、それまで同事務所の発注する工事について談合等の不正があったことを全く承知していなかったこと、原告から示された資料のみからは本件談合があったことを確認できなかったこと、部下から原告と被告倉本組との間の金銭トラブルが発端である旨を聞いていたことから、原告の右申告は被告倉本組へのいやがらせであり、いいがかりにすぎないと考え、原告に対し、右のような申告をするよりも仕事に専念するようにと言った。

(三) その後、被告Y1は、原告から郵送で本件談合に関する資料を受取り、市民から疑惑を持たれることがないよう対応する必要があると考え、本件工事について調査することとし、平成5年8月頃、本件業者らを呼んで、同事務所の職員に命じて、個別に事情を聴取させたが、本件業者らの返答は、一様に本件談合を否定する内容であった。

2  弁論の全趣旨によれば、被告Y1は、本件契約締結ないし本件公金支出についての権限を有すると認められる。そうすると、被告Y1は、地方自治法243条の2第1項後段の支出負担行為ないし支出又は支払の権限を有する職員に該当することになり、本件契約締結ないし本件公金支出をするにつき、故意又は重大な過失があった場合に限り損害賠償責任を負うことになる(最高裁判所平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決民集51巻4号1673頁参照)。そこで、被告Y1に故意又は重大な過失があったかどうか検討する。

原告が被告Y1に対し、本件談合の資料として郵送した書面は、弁論の全趣旨から、甲一の8、9、二の2、4、三であると認められる。また、原告が、平成5年6月23日に持参した可能性のある書面は、各書面の日付に照らし、多くとも甲一の5ないし8、二の2、4、三といえる。これら書面の内容からは、本件談合があったと断定することはできないものの、本件談合があったのではないかとの疑念を抱かせる余地のものであったといえる。被告Y1は、前記認定のとおり、部下に命じて、本件業者らに対する個別の事情聴取を行った。被告Y1本人の供述によれば、本件業者9人を一堂に集めて、順次、個別に面接をして談合の有無を調査確認したけれども談合の事実は出てこなかったというものであるが、その調査確認はわずかに1日を費やしたにすぎないというのであり、しかも前記書面の記載内容をどの程度斟酌して調査確認したのかの点についても曖昧な供述内容である。被告Y1としては、右書面に基づき、厳正、的確に調査確認をしていれば、本件談合の存在を見出し得た可能性も十分にあったものとも考えられ、被告Y1の右調査確認は、市民の疑惑に対する批判をかわすために形だけに行った一面のあることは否定し難いものといえる。この点において、本件契約締結ないし本件公金支出権限を有する被告Y1には、適切な調査確認を怠った過失があるといわなければならない。しかしながら、被告Y1としては、本件証拠上、談合の有無を調査確認するについて強制的な権限を有していたとは認められず、したがって右調査確認にも限界があり、前記認定のとおり、本件業者らの返答が一様に本件談合を否定する内容であったことに鑑みれば、右調査確認を怠ったことにつき故意ないし重大な過失があったとまではいえない。

3  右によれば、被告Y1には故意、重大な過失がなく損害賠償責任はないから、地方自治法242条の2第1項4号前段、後段に基づく原告の請求はいずれも理由がない。

五  結語

以上のとおり、本件請求のうち、被告倉本組に対する地方自治法242条の2第1項4号後段に基づく不当利得返還又は損害賠償請求は、70万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成5年9月30日から支払済みまで年5分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告倉本組に対するその余の請求及び被告Y1に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条、65条を、仮執行宣言につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山光雄 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官 田中俊行)

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